偉人達の年収と清水寺周辺ぐるり

誰もが名前を知っている歴史上の偉人たち。でも、彼らの懐事情となると知っている人はそう多くはありません。大名の場合、総石高の半分を農民に、残り半分を領主が受け取っていたとする(五公五民)。そのうえでさらに臣下の取り分を3分の2と仮定したため、大名の取り分は総石高の6分の1としました。米1石=1000合=150キログラムとし、当時の米の価値から15万円としました。1両は江戸時代後期の偉人であることから1万円としました。京都屈指の観光スポットといえば清水寺。清水寺観光が終わった後でもまだ時間があるし、清水寺の次に訪れたい、周辺観光スポットをご紹介。
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再生可能エネルギーだけでコスタリカ300日記録/出世開運 の地岡崎と家康

中米のコスタリカは,国内で使用する電力を300日間、再生エネルギーのみで賄ました。ただし、電力に限ったもので、自動車や家庭用の化石燃料は調査に入っていません。コスタリカで消費するエネルギーの70%近くが石油だという現実があります。岡崎市は、愛知県の旧三河のくにのほぼ中央に位置します。
江戸時代には、徳川家康ゆかりの土地との事もあり、歴代の藩主の出世開運の地としても別格の土地でした。随念寺は1562年に家康が創建したたいへん美しいお寺です。随念寺には松平清康と久子の墓があります。久子は、家康の第二の母というべき存在で、家康が生母 於大と生き別れをして以来、家康を養育しました。大樹寺は、松平家・徳川将軍家の菩提寺で松平8代の墓、歴代将軍の位牌などが祀られています。岡崎城と大樹寺を結ぶ約3キロの直線は「ビスタライン」と呼ばれ歴史的眺望として約370年間守られてきました。天文11年1542年12月26日徳川家康は、岡崎城内で誕生しました。岡崎城には、家康が誕生したとき、産湯に使ったという「東照公産湯の井戸」や、家康のえな(へそのお・胎盤)を埋めたとされる「東照公えな塚」、平和を願う徳川家康の遺言碑もあります。
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歴史の小路見て感動触れて感動旧中山道御嶽宿

御嶽宿は中山道49番目の宿場。美濃国可児郡御嵩村(現・岐阜県可児郡御嵩町)に存在しました。「中山道御嶽宿商家竹屋」は、江戸時代の主要街道「中山道」の宿場町、「御嶽宿」のなかに位置しています。御嵩の地に生きた先人の息吹、足跡をしるす文化財や資料の収集・保管・調査研究をするとともに、広く一般に公開し、さらに郷土の歴史に関する学習 “歴史の小路見て感動触れて感動旧中山道御嶽宿” の続きを読む

歴史の小路旧中山道太田宿と食の世界遺産。

太田宿は尾張藩太田代官所や川並番所が設置された宿場で、太田代官所は木曽川筋の軍事・政治経済の中枢として、落合宿から鵜沼宿まで統括していました。 今に残る太田宿は、昔の姿のままに街道を保ち、そこに住む庶民の生活も古風な街並みの中に調和するように、静かにたたずんでいます。宿内には「旧本陣(今は全容を見ることはできませんが、街 “歴史の小路旧中山道太田宿と食の世界遺産。” の続きを読む

歴史の小路出世パワースポット松平郷

松平郷は徳川家のルーツといわれている松平氏の発祥の地。ここには松平東照宮をはじめ、初代親氏をまつる高月院、松平城址など松平氏ゆかりの史跡が多く残っています。  高月院は、はじめは「寂静寺」と呼ばれ、1367年足助次郎重宗の子重政が在原信重の援護を受けて建立したと言われています。
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歴史の小路京都東山の散歩道ねねの道

ねねの道は高台寺の西側、東山の円山公園から清水寺方面へと抜ける全長約250メートルの美しい石畳の道です。豊臣秀吉の正室ねね(北政所)がこの地で余生を送っていたことから「ねねの道」と名付けられました。
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江戸時代に防災マニュアルは存在した

現在では目にする事も多くなった防災マニュアル。古くは江戸時代から存在して居た事は
あまり知られていません。災害の中でも、今回は安政の大地震について取り上げてみたい
と思います。既にその当時、有事用に整えられたマニュアルが存在したらしく、実際震災が
あった当日から各要所ごとで動いたと言う記録があります。
賞賛すべきは決断力です。当日中に対策方針が決まり、翌日には市民に公表されています。
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信長の経済力は三つのキーワード 後編

織田信長は戦国時代相当の経済力を持っていたようです。信長はどうやってこの経済力を持つことができたのでしょうか?時は戦国時代。他の武将と同じことをやっていれば、同じ程度の経済力しか持ち得なかったはず。他の武将と信長では何が違っていたのでしょうか?
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信長の経済力は三つのキーワード 前編

織田信長は戦国時代相当の経済力を持っていたようです。信長はどうやってこの経済力を持つことができたのでしょうか?時は戦国時代。他の武将と同じことをやっていれば、同じ程度の経済力しか持ち得なかったはず。他の武将と信長では何が違っていたのでしょうか?
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世界を救った男ウィンストン・チャーチルの実像

チャーチルは卓越した指導力で国を率いイギリスを勝利に導き、結果的に世界をドイツの軍事侵略から守った英雄となりましたが、実のところお世辞にも人間的に優れた人物とは言い難く、平時に国のトップに立たせておくのは危険すぎる男でした。
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